参加者の感想から 
   

<目次>

(敬称を省略せていただきました。御名前をクリックすると感想の先頭に移動します)

鄭 順栄(チョン スニョン)=明治薬科大学4年

岡田 弥生=歯科医、日本医学ジャーナリスト協会会員

秦 洋一=日本医学ジャーナリスト協会会報担当役員、元朝日新聞編集委員

天野 教之=開業医

細川 みゆき都立八王子盲学校専攻科保健理療科 1年

山本 大介順天堂大学医学部5年

増田 雄亮=首都大学東京作業療法学科 2年

籠谷 千裕明治大学情報コミュニケーション学部同学科2年


鄭 順栄(チョン スニョン)=明治薬科大学4年

私にとって印象的だったのは、会場にいた人たちが様々だったことです。シンポジストの方々が、被害者(被害のケースも様々)・ジャーナリスト・教授だった事ももちろんですが、「医療者に家族を殺された」と思っている人、「利用者はもっとお金を払ったらどうか」と思っている人、「いや、払う必要は無いんだ」と思っている人と、自分が発想していなかった事が次々わかり、非常に刺激的でした。

私は、これまで医療系やそれ以外の勉強会などに参加してきて、事件や被害、戦争の裏には政治というよく分からないものがあって、そこを冷静に理解して考えなくてはいけないんだ、泣いているだけではだめなんだと思うようになりました。

でもそう努めるうち、いつのまにか何に対しても「初めから」冷静に(無感情? は極端ですが)受け止めるようになったかな、、、と危機感を感じています。

昨日のシンポジストの方の話を聞いて、私自身は一緒に泣くのか(実際泣いてましたが)、システムの問題を分析するのか、そのあたりの切り替えが出来ず、混乱していました。(いっぺんに色々な立場の視点から指摘があったので)。でも個人的には、すごく感動して、その人の痛みをまず分かろうとする事は必要だと思いますし、人としてその感情は欠いてはならないものと、改めて感じました。


今回のシンポジウムは、被害者のかたの主張を紹介するだけでなく、更に進んだ所まで話し合われていて、会場の声も反映されていて、素晴らしかったと思います。ありがとうございました。


岡田 弥生=歯科医、日本医学ジャーナリスト協会会員

3連休の真ん中、5月4日は初夏の陽気で快晴。なんでこんな日に?(5日の子どもの日の前に、という主催者である新葛飾病院の清水院長のお考えだったようですが)と、訝るような行楽日和に、東京の下町・亀有で開かれたシンポジウム 「小児医療を考える」に、開場前から人がつめかけていた。

壇上には真ん中に3人の女性。過労死自殺で小児科医の夫を亡くした中原のり子さん、一関市で「たらいまわし」で7ヶ月の頼ちゃんを亡くし、小児救急医療体制の不備への早急な改善と小児科医不足の根本的解決を求めて署名を行った母親の佐藤美佳さん、東京都葛飾区の東部地域病院で誤診と引継ぎミスで、小児科医にかかりながら質の問題で5歳の理貴ちゃんを亡くした豊田郁子さん。

事前のチラシで5人のシンポジストと2人のコーディネーター、魅力的な顔ぶれだと思い、楽しみに会場に入ったが、その席の並び方に感心し、それが全てを物語っていると感じた。

4月14日発売の鈴木敦秋さんのご著書 「小児救急 悲しみの家族たちの物語」を事前に読んでいた(涙なしには読めなかった)ので3家族と、 中澤誠・日本小児科学会理事が昨年の夏に初めて会うまでの経緯も知っていた。この本を多くの人に読んで欲しいと思った。そして、本だけでは伝わないものをシンポジウムという形で、更にリアルに伝える効果もあったと思う。

医療被害者の家族が、悲しみを抱えつつも、より良い小児医療のために立ち上がり、小児科医と連携して、地域小児科センターという具体的な改革ビジョン提案まで来た姿は、 会場の片隅にいた私も勇気付けられる思いだった。

最後に鈴木さんが、痛みの共有、イマジネーションの共有が大切と言われたが、丹念な取材を通して3家族と中澤医師を繋げたのは、これぞジャーナリストの仕事と思った。鈴木さんの前作「大学病院に、メス!」も 大学病院にいた者として、良く書けている!と、感心して人に薦めたりしていた。その時の取材体験も生きているのかと思った。
 
ジャーナリズムって何だろうというヤジウマ気分で、4月から大熊由紀子教授の新設コースの不肖院生となり、2年間で何が学べるか、何を学べば良いか悩んでいたが、いろんなヒントを頂いた。
 
他人事でなく、自分の問題として考えていかないと、大人が責任を持って子どもを守っていくことができない。社会を変えていくこと、より良い社会を創っていくために一歩先を見て行くことが大切だと感じた。


秦 洋一=日本医学ジャーナリスト協会会報担当役員、元朝日新聞編集委員

尼崎市で起きた脱線事故の原因究明がされているが、これは単なる鉄道事故ではない。被害者の遺族たちは、JRをかけがえのない人びとの命を奪った“人殺し”だと信じているのだ。大切な子供を失った母親たちの感覚も同じである。冷たい医療事故という言葉では言い尽くされない。コーオディネーターの大熊由紀子さんの冒頭コメントにははっとさせられた。

シンポでは、たらいまわしの問題、医療倫理の問題、医療システムの問題などが、取り扱われたが、かけがえのない“命”を扱う医師の存在が 改めて問われた。
 
サラリーマンでは考えられないようなひと月に8回とか12回の当直勤務、1回38時間にもなる過酷な勤務…これでは事故が起きないほうが不思議だ。新葛飾病院の清水院長が前日から亀有駅前で集会のビラ配りをしていたそうだが、これはもう他人事ではない。日本医学ジャーナリスト協会の岡田弥生さんも当日早くから駅前で風船を持って開場の案内をしていたが、医療問題は市民、専門職の共通の課題である。“無関心こそ最大の敵”という言葉が胸にしみた。

良質の医療を受けるためには、もっとお金を出してもいい、というのが母親の願いだが、会場にいた本田宏医師が「もっとも弱い子供に医療の矛盾がしわ寄せされているけれど、あらゆる分野で医師不足がある。先進国の水準から見ても低すぎる医療費を増やすために、黙っていないで一人ひとりが声を上げてゆこう」とアピールした。
 
熱気に包まれたシンポだった。


天野 教之=開業医

シンポジウム・・色々と考えさせられました。自分自身で忘れようとしていて、忘れたつもりになっていた事を思い出したり・・・。
  
私自身、学生時代、小児科医になろうと思っていたことも思い出しました。小児科での実習期間中に担当していた患児が亡くなるのを目の当たりにしました。それまで人が死ぬ・・という事を理解できていなかった。想像力の不足言われればそれまでなのですが、実際に目の前で人が死ぬという現実に非常なおそれを持ちました。
 
あの患児(○○ちゃんという名前だった事まで思い出しました。)の死、○○ちゃんのお母さんのまばたきひとつしない視線、○○ちゃんのお父さんの膝の震え、そんな状況を見て小児科医にはなれないと思ったものでした。
 
当時、短歌を作ったりしていたのですが、昨日のシンポで頼ちゃん、理貴ちゃんのお母さんの顔をみていて、そんなことまで思い出してしまいました。
 
蘇生具を押す医師の手に注がれし母のまなざし今は足許に


細川 みゆき都立八王子盲学校専攻科保健理療科 1年

私は、今まで小児科医不足や激務ということを、あまり身近に感じることが少なかったのですが、私の知り合いにお子さんを持つお母さんができました。それから、小児科のこと、救急体制のことなどを勉強し始めました。

シンポジウムに参加して、自分がいかに、小児救急のこと、小児科医の激務のことに、目を向けていなかったかに気がつきました。3家族のお話を聞いていて、何度となく、目に涙が浮かびました。自分だったらどうするだろうかと考えながら、聞いていました。

私のクラスの人たちにも、小児救急や、小児科医不足のこと、被害にあわれた家族がいることなどを話したけれど、無関心でした。もっと、もっと、色んな「医療」に目を向けて、アンテナを張って、情報をキャッチしてほしいと強く感じました。なぜなら、私を含めたクラスは、按摩マッサージ指圧師として、将来、医療の世界に入っていくからです。もっと、沢山のことを吸収したいです。

一人の力は、小さいけれど、でも持っている力を発揮しないと、いけないなぁと、協力者を集めて活動することの大切さを改めて、知りました。


山本 大介順天堂大学医学部5年

スタートは和田ちひろさんのマザーテレサの言葉、
  『愛の反対は無関心』
という言葉で始まりました。
会の中でこの言葉をずっと思いながら、シンポジストの方々のお話を聞いていました。小児医療の問題が、ずっと前から取りざたされているが、ずっと改善されないままの状況が続いている、それは、人々の「無関心」が大きな要因だ、というお話がありました。

自分に照らし合わせて考えて見ます。よく御茶ノ水の駅前で、何かを訴えようと声を上げている人たちがいます。それに耳を貸すようなことがあるだろうか?自分に問いかけます。ホームレスの方がビッグイシューを売っていて、それを一度でも買おうとしたことがあっただろうか?

会の中でお話いただいた中原さんが、小児医療の改善を訴えるために渋谷で呼びかけをなさった、と本の中でありましたが、例えばもし自分がその場にいたとして、ちゃんと足を止めて話を聞くことができるだろうか?と思いました。

こんなにも大切な問題について、みんなに訴えたい方々がいて、ちゃんとその人たちの言葉に耳を傾けられる社会になったらなぁと思います。自分に関係のなさそうな話題について、興味を持つのは難しいです。でも、ちゃんと訴えたい人に対して、無関心でいるのは悲しい。

愛の反対は何?・・・・で江国香織の答えは
  『愛の反対は ばか』
でした。

愛ある言葉に、無関心でいる社会は『ばか』げてる!!大切なことで、気づいていないことってたくさんあると思います。ちゃんとアンテナを張って、無関心にならないようにいないと、おかしなことになりそうです。

なんだか精神論で、はっきりしない話なんですけど、でもシステムを変えるのも、政治を変えるのも、「知る」ことがまずスタートじゃないかなって思いました。


増田 雄亮=首都大学東京作業療法学科 2年

まず響いた言葉。

◆「親が救急だと思ったらそれは救急」

親ってやはりこどもが少しでも苦しんでいたりすると心配になってしまう。自分の症状を言葉で表現することもできないし、急に悪化することも多い。でも軽症の子供ばかりが夜に殺到して小児科医の疲労もたまるし、いざ本当にいのちに関わる重症患者が来たときに対応ができない・・・そんなジレンマも感じました。

もう一つ

◆システムの欠点は弱いところから現れる

これは結構衝撃的でした。確かに聞いてみてそうだなあって。小児医療の危機が叫ばれているのは、それだけに問題があるのではなくて、医療全体のシステムに問題があってそれがまず第一に小児医療に現れた・・・日本全体の人口に対する医師はアメリカをベースにすると38万人ほど必要なようで、現在は26万人しかいない。だから一人の医師にキャパシティを超えた仕事が集中していろいろな問題がでてくるそうです。

がん医療にもこの徴候がでているというお話もありました。NHKで2夜連続で放送された番組でも腫瘍内科医や医学物理士の不足で理想的ながん治療ができない・・・と叫ばれていました。

でもやっぱり腫瘍内科医や医療物理士みたいな専門の知識を持った医療者は必要で、その人たちがいないとなればそれを誰かが代用して仕事を受け持っていく・・・(専門外のスタッフが)

他MLでは日本の医療物理士ではあまり放射線治療に携わっていなくてもそれになれてしまい、アメリカの医学物理士と比較すると質的に異なって単純にそれを増やせばいいという問題ではないことが論ぜられていました。

話は飛びますが、障害者自立支援法でもだいぶ反発があるようです。この法案が通れば施設利用負担が増え、お金を払えない人は家にひきこもってしまうようなリスクもあるようですし、もともとこの法案は障害者の自己決定権を尊重する、といった点からスタートしているようです。自己決定権ができない障害を抱えた方も多くいるなかで自己決定権をベースとした法案が制定されては・・・と障害者団体がこれまただいぶ運動をおこしています。

何かをすれば、こう変わる!!っていう万能薬みたいなものはないと思いますが、副作用を超える主作用があれば有効的なシステムになるのかな、、、とも思います。

長くなりましたが、今回、はじめてI-cube以外のシンポジウムというものに参加しました。被害者、医師、ジャーナリスト、様々な視点から話が聞けて本当に勉強になったし、自分も色々な聞き方ができました。

被害者としてのお三方のお話のときはその状況を思い浮かべながら自分ならどういう風に行動するだろう・・・医療者側であればやっぱり過労はきついし、嫌だなあ・・・・ジャーナリストのお話のときは客観的にとらえた時はどうなんだろう・・・などなど

色々な問題があってそれに対処していく術も色々あって・・・何が一番いいのか、とかはよくわかりませんが、すごく考えることができたシンポジウムでした。

中原さん、豊田さん、佐藤さん、ゆきさん、和田さん、皆さん、お疲れ様でした。貴重な体験、どうもありがとうございましたー(^^


籠谷 千裕明治大学情報コミュニケーション学部同学科2年

4日のシンポジウムは、遠く府中から1時間半かけて出かけた甲斐のある、非常に得
るものの多いものでした。

壇上に上がられていた3家族については、フジテレビ系列で朝8時から放映中の「とくダネ!」で特集されているのを見て、以前から知っていました。しかし、メディアの取材では、家族の伝えたいところがカットされていたり編集されていたり、あるいはシンポジウムのなかで家族自身がおっしゃっていた、「泣いているところばかり報道された」というように、なかなか家族の伝えたいこととメディアが伝えていることは一致していないんだなと、マスメディアに興味のある私は思いました。しかしシンポジウムでは、家族自身がお作りになった原稿を、編集されることなく発表されたので、その思いはとても重く、がっしりとこっちにきました。

その一方で、今回のシンポ、いくつか残念だったと個人的に感じるものもありました。まず、時間が短すぎです。たった2時間。その間、壇上の5人の方がお互い議論をしないまま終わりました。このような5人が同じ壇上に上がることはきわめて珍しいといわれていたにもかかわらず、ただ同じ場にいただけで、何も話さないまま終わって、せっかくの機会が台無しというか、意味のないものになっていたのではと思います。もちろん、家族や医師、記者がそれぞれの立場から思うところを発表したのはすばらしいですが、それぞれの発表を聞いて、さぁ議論を…となると思っていた私にはすこし残念でした。

もうひとつは、シンポの区切りでワイヤレスマイクを持って会場の人に意見を求める時間がありましたが、事前に発表する人が指定されていて、またそれがほとんど医療関係者だったということに驚きました。というのも、このシンポのねらいが、医療関係者だけでなく、私のような一般人も医療問題に関心を持ち、改善意識を高めていくことだと思っていたので、意見を述べる人が医療関係者が多いという点は残念でした。親子連れのお母さんもいらっしゃったのだから、そういった方にももっとマイクを向けるべきではなかったのか?と思います。私は時間の関係で16時過ぎには会場を出たので、もしかしたらその後一般の方からの意見はあったのかもしれませんが。

こういった大きなイベントというのはどうしても大都市での開催がメインとなりがちですが、でも、テーマとしている問題が一番にあらわれるのは、亡くなった頼ちゃんが住んでいたようないわゆる地方だと思います。だから、これからは東京から全国にこういったイベントが広がっていくともっともっと一般人の意識は高まっていくのではないかと思いました。


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