化石の街




プロローグ


そこには何もなかった。
 いや、何かあるのかも知れないが、そこは完全なる闇が支配していた。

男はそこに立っていた。

何も残されないこの世界で、彼の見る物は闇ばかりなのだろうか・・・

片手に杖を持ち漆黒のローブをまとったその男は懐からカードを取り出すと、
 空に向かって放り投げた。
  カードは空中で散らばると、また闇の中へ消えていった。



第一章 少年


少年は荒れ果てた土の上で目を覚ました。

誰もいない。
 太陽が照りつける。
  ひどく暑い。

少年は飲み水を求めて立ち上がった。

彼は体についた砂ぼこりを払い落とすと、フードを深くかぶり、行くあても無く歩き始めた。

しかしこの荒れ果てた地に少年の行くあてなどあるのだろうか?

しばらく歩いてふと立ち止まり肩掛けかばんを開けると、何やら取り出し、それをぼんやり見つめていた。

それは一枚のカードだった。

かなり色褪せてその絵柄を知ることは出来なかったが、そこにははっきりこう書かれていた

「Wheel of Fortune」と・・・・


どれくらい歩いただろうか、いつの間にか少年は街に辿りついていた。

遠い昔に滅びた街。
 文明の名残が形を残す化石の街。

たちのぼる陽炎はまるで人の魂のように揺らめいて見えた。

日差しを避けて少年は、朽ち果てた十字架と錆びた鐘のある建物の中に入っていった。

中はかなりな広さがありその正面には多彩な色を用いた色硝子の飾りがはりつめてあり、十字架に掛けられた人間の像があった。

少年はフードをあげてその前に座り込むと、両手をあわせてなにやら呟いていた。

少年の目は潤み、呟きはやがて咽び声に変わっていった。

私は恐ろしいことをしてしまいました。
この世界の全てを破壊し、全てを殺戮しました。
もし神に慈悲というものがあるのなら私に永遠に終わらぬ苦しみをお与え下さい」

少年の声はすでに慟哭に変わっていた。

やがて少年は泣き疲れ寝入ってしまった。

月が昇っている。

月は少年に不安を与え、また今夜も少年に悪夢を与えるのだろうか。

少年よ悲しむでない。
悪いのはお前だけではない。
世界の全てが悪に満ちていた。
人が人を妬み、騙し、挙げ句の果てに殺しもした。
盗みや争いが絶えず、正義であるべき政治家や神父でさえ、悪の心に満ちていた・・・・
世界は・・滅びて当然だった。

そこには男が立っていた。

彼は哀れな目で少年を見ると、また闇の中へ消えていった。

その傍らで少年は、夢を見ていた。
 月の見せる悪魔の夢を・・・・・

お前は全てを破壊し、全てを殺戮した。
 お前は戒めを破ったのだ。
  お前の罪は許されるものではない

夜は死の世界。
死んでいった物たちのつくる闇の世界・・・。
それは陽炎のように揺らめき、亡者の哀しき叫び声が風となってあれ狂う。

誰も彼等の痛みを癒すことは出来ない。
彼等もまた、少年のように永遠の苦しみの中をさまよい続けるのだろうか。
それとも、彼等こそが少年を苦しめ続ける夢なのだろうか。

月だけがそれら全てを知っていた。
ずっと昔から、この世界の有様を見つめ続けていたのだから・・・・。

死の世界はやがて終わる。

太陽は生命の象徴。

しかしこの死に行く世界に生命など殆ど残っていなかった。

少年が悪夢から開放され光の中へ帰っていく。

太陽の光が色硝子の飾りにあたると、それは七色に輝き踊り出す。
光のステージの上で・・・・


朝が訪れた。
少年はいなかった。

彼が何処に行ったのか知るものはいなかった。
ただ一枚のカードが少年のいたところに落ちていた。

夜になっても少年は帰らなかった。

ローブの男が現れカードを拾い懐にいれると、闇の中へ消えていった。


月がそれを見ていた。



第二章 戦士


そこには男が倒れていた。

上半身に包帯を巻かれていたが、そこからは黒ずんだ血がにじんでいた。
左手は肩までしかなく、もはや生きているのかどうかさえ判らなかった。

ただ、虚しく伸びた右手の先にはしっかりと銃が握りしめられていた。

何も残っていないこの世界で彼の姿を見るものは何も無かった。

男はしばらく動かなかった。

が、しばらくして右手の親指が動いたかと思うと、その手で大地を掴み、前へ前へと進み始めた。

ゆっくりではあるが確実に進み続ける男の目は、まるで獲物を狙う鷹のようであった。

その動きを見るものは何も無かった。


男の頭の中に思い出がかけ巡る・・・・

 国に忠誠を誓い海軍に入隊したときのこと・・・
 戦争につぐ戦争で、何度も生死の境をさまよったこと・・・
 戦場で死んでいった多くの友たちそして、家族・・・

 忠誠を誓った国に裏切られたこと・・・・

たくさんの思い出が脳裏をかすめたが、男には全て夢だったかのように思えた。
全てが終わった。

そして自分もここで死ぬのだ・・・

もはや男に残された物は絶望のみであった。

しかし男は進むことをやめなかった。
本人すらも何故、何を求めて進み続けるのかは判らなかったが、男は進まなければならないように思った。

本当はよく判っていたのかも知れないが、男にはそんなことはどうでもよかった。

怒りと悲しみに満ちた自分の人生が今終わるのだ。


男の動きは止まった。


  もう悲しむことはない・・・
  もう苦しむことはない・・・
  お前の為すべきことは全て終わったのだから・・・・・
  いまは全てを忘れて眠りにつくがよい

何処からともなく聞こえてくるその声は、もはや男の耳には届かなかった。


夜になって、そこには男の姿は無かった。

ただ、血のついたカードが一枚、CHARIOTTO(戦車)と書かれたカードが一枚落ちていた。


その光景を見る物は何も無かった。



第三章 少女


少女は夢を見ていた。

まだ、人が今よりも多く住んでいた頃。
人は、魚たちと一緒に海を泳ぎ、鳥たちと一緒に空を飛んでいた。
誰もが微笑みに満ちていた。

少なくとも少女にはそう思えた。

少女は、自分が世界で一番幸せだろうと思っていた。
おとうさん、おかあさん、そして、多くの友達・・・・

しかし、戦争はそんな少女の小さな幸せさえ奪っていった。
父を、母を、友人を、そして全てを、戦争は奪い去った。・・・

眠っている少女の瞳からひとすじの涙がこぼれ落ちた。

ローブの男がそれを見ていた。


少女よ、何を悲しんでいるのだ
悲しみは何も生みだしはしない
過去を思ってもそれはただの思い出でしかないのだから・・・
過去を思っても仕方がないのだから・・・・

そういって男は、少女の手に一枚のカードを持たせてやると、闇の中に消えていった。

それは、STAR(星)と書かれたカードだった。


朝が訪れた。

少女はカードを大切にかばんの中にしまいこむと、街を目指して歩き始めた。
少女の瞳は希望に満ちていた。

もう、泣くのはやめよう。
いつまでも悲しんでいてはいけない。
世界は一度滅びてしまったけど、きっといつか、もとどおりになるはずだ

いや、生き残った者たちがそうしなければならないんだ・・・・・

少女はそう思っていた。


一日中歩いて、少女は街に辿りついた。

文明の名残が形を残す化石の街。

少女はひときわ目立つ建物にはいると、そこを自分の家に決めた。
それは、教会だった。

十字架は朽ち果て、鐘は既に錆びていたが、建物の中は戦火を免れたかのように綺麗だった。


夜が訪れた。
少女は眠っていた。

夢の中で少女は、鳥になっていた。

鳥になって自由に空を舞っていた。


by たこじゃらし