泉鏡花記念館

三文豪の彫像、犀星、鏡花、秋声

金沢の文学

金沢はこれまで多くの文学者や芸術家を生み出してきた。この豊かな文化の礎は、加賀百万石の時代に築かれたものだ。歴代藩主が文化振興に力を注ぎ、茶の湯、謡、能、工芸などの華やかな文化を素地に、独特の気候や地形が育む情緒も加わって、明治以降、金沢は文学の町として花が開いた感がする。金沢で生まれた文学は二つの性格に分けられ、市街地を貫くように流れる二本の川によって特徴づけることができる。その一つである浅野川は、卯辰山と小立野台地の間を流れ、どことなく落ち着いた空気を持つ静かな川である。流れも優しく、繊細な情緒の漂うところから「女川」とも呼ばれてきた。その界隈から、泉鏡花、徳田秋声をはじめ尾山篤二郎、水芦光子などの数々の文学者が生まれている。これに対して西の犀川は「男川」と呼ばれ、川幅も広く大きく悠々とした流れが特徴である。詩人であり作家でもある室生犀星はこの川のほとりに生まれ、筆名にもその一字を用いている。また天才ともうたわれた大正のベストセラー作家の島田清次郎も犀川界隈のにし茶屋街で育っている。凛とした清冽さを持つ作風は、犀川の風土性に深い関りがあると思う。

自然主義文学を貫いた徳田秋声は浅野川のほとりで生まれた。上京して尾崎紅葉の門下となり、処女作「藪柑子」を書き、鏡花と並ぶ紅葉門下四天王の一人と称されるまでになる。人間の真実を描く秋声の筆は、故郷・金沢を舞台とすることもしばしばあった。その中の一つ「挿話」はひがし茶屋街を舞台とした短編で、茶屋街の独特の空気を克明に描いている。記念館には遺品や初版本などを常設展示し、東京に現存する書斎も再現されている。代表作に登場する女性をモデルにした和紙人形を見ながら、映像で彼の文学世界に触れられるミニシアターがある。

浅野川畔にある「滝の白糸」像

徳田秋声記念館

泉鏡花は現在の尾張町に生まれた。父は象嵌細工の彫金師、母は鼓の能楽に関る家の出、その芸術家の流れを継いで生まれた鏡花は、伝統美に彩られた金沢の風土を生かし、華やかで幻想的な世界を描いている。出生作となった「義血侠血」は、無償の愛に殉じた女「滝の白糸」で有名。舞台となった金沢、特に浅野川界隈は、今も訪れる人が絶えない。私も小学生時代に田舎の映画館で見たが、この時の印象は未だに鮮烈に残っている。記念館は天才と称えられた鏡花の作品世界や生涯を多彩な方法で紹介している。特に、彼の耽美性を伝える作品の名場面を表現したジオラマ、朗読コーナが興味深い。現在では考えられないほど装丁に凝った「鏡花本」や遺品から、彼がいかに強い強い美意識の持ち主だったかを体感できる。耽美派映画監督のビスコンティを連想した。

犀川ゆかりの作家・室生犀星は、恵まれない幼年時代を過ごしながらも、それを逆手にとるようにして旺盛な執筆活動を行い、詩人として小説家として名を高めていった。代表作に叙情豊かな詩集「愛の詩集」「抒情小曲集」や、幼年時代や放浪時代をもとに描いた自伝的小説「幼年時代」「性に目覚める頃」「或る少女の死まで」さらに「あにいもうと」「杏っ子」などがある。記念館には遺品や初版本、直筆原稿の展示、作品の原風景をシンボル化した造形、犀星の愛した庭の再現などを通して人柄や人生観を知ることができる。来館記念に犀星の詩・俳句と写真を組み合わせて、ポストカードを作ることもできる。

市内の東側を流れる浅野川(女川)

市内の西側を流れる犀川(男川)

室生犀星記念館

文学の舞台・金沢

表情の違う二つの川が流れ、美しい景観と豊かな自然、そして歴史と伝統を持つ金沢は、文学者を生み出すだけでなく、文学の舞台となることもたびたびだった。金沢に生まれた作家はもちろんのこと、旧制四高出身の中野重治、森山啓、井上靖さらに杉森久英、高橋治も学生時代に過ごした金沢を舞台に作品を書いている。そのほか詩人の中原中也、現在も人気の高い曽野綾子なども縁あって一時期金沢で過ごしており、その時の様子や思い出を作品に綴っている。地方自治体として始めての試みである「泉鏡花文学賞」創設に尽力した五木寛之も、夫人が金沢出身であったことか

ら、金沢で生活していた時期があり、「朱鷺の墓」ほか多くの作品を執筆している(五木寛之については別項で詳細記載)。近年では、金沢で生まれ育った女性作家の唯川恵が「肩ごしの恋人」で直木賞受賞。彼女は金沢で10年間OL生活を過ごしたあと、作家活動に入り金沢での生活や経験を生かし、金沢を舞台にした普通の生活を送る女性たちを主役とした作品が人気を呼んでいる。歴史ある金沢の文化、さらに情緒あふれる風景がさまざまな作品を通して、今も人々に深い感動を伝えている。


ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや

     室生犀星「抒情小曲集」その二より

金沢トップへ 次のページ(伝統工芸)