信濃追分
江戸時代、追分周辺で使用されていた行灯や帳簿など、当時の様子を今に伝える宿場関係の道具や資料が展示してあります。千本格子を巡らせた木造の建物は、旅籠を模したもの。館内には旅籠の入り口を再現した風情漂う囲炉裏端のコーナーもあります。2階には追分宿に関する歴史書や文学図書が閲覧できる図書室が併設され、町指定文化財の大般若経550巻や軽井沢出身の書家・稲垣黄鶴の作品など、貴重な所蔵品も見ることができます。
中山道有数の宿場町だった追分。当時の面影が残る北国街道と中山道の分岐点である分去れの道標が残っている。写真右側の道が越後への北国街道、左が京都へと通ずる中山道。
江戸時代、中山道の旅籠だった建物を利用したアンティークショップ。和ダンス、火鉢、鉄瓶など古民具を扱う一方で、印判の皿や九谷焼なども多く扱っています。カスリ、ちりめん、絹の着物などの古布の裂れはパッチワーク用に買い求める人が多い人気商品とのこと。
骨董屋「時幻」
堀辰雄、文学記念館
油屋旅館
油屋旅館は堀辰雄、立原道造、室生犀星など多くの文人に愛されました。もともと、追分宿の脇本陣だった創業350年の歴史を誇る由緒ある宿でした。
堀辰雄の小説「菜穂子」に登場する牡丹屋という旅館はこの油屋がモデルです。
彼はこの宿の離れを使用しており「風立ちぬ」を書いた部屋は、本館2階に今もあります。残念なことに、旧館は1937年(昭和12)の夏に焼失してしまいます。この時宿に滞在していて、命からがら逃げ出し無事だったのが立原道造。常連客の堀辰雄は、たまたま軽井沢の川端康成の別荘に行っていたため助かったというエピソードが残っております。
軽井沢をこよなく愛した作家、堀辰雄に関する資料を保管、展示する町の記念館。「風立ちぬ」などの名作で知られる堀辰雄は、追分に惹かれ、この地を舞台にした作品をいくつか残しております。この旧宅の敷地内に建つ記念館には、初版本や直筆原稿、自らデザインした机や椅子などの愛用品も展示してあります。また、愛読書を陳列した書庫や晩年を過した旧宅も保存されています。閲覧室にも彼の関係資料が揃っており、この記念館を訪れることにより、堀辰雄と軽井沢の文学に触れることが出来ます。
泉洞寺
堀辰雄が愛した石仏
泉洞寺は追分宿の西側にあり、約400年の歴史をもつ曹洞宗の古寺。堀辰雄が毎日のように散歩に訪れたことで知られています。山門の手前から左に続く小道は、彼や立原道造が散策路としていた道で、右側には堀が愛した石仏の如意輪観音像があります。首をかしげ左手を頬にあてていることから"歯痛地蔵"とも呼ばれております。
ホームズ像
追分でシャーロックホームズに出会うとは不思議な気分。その理由が分かりました。
翻訳家・延原謙が油屋旅館の離れを仕事場に「ホームズ」シリーズの翻訳を手がけたことから、ホームズ生誕100周年を記念して1988年(昭和63)に作られたとのことです。

江戸時代中山道有数のの宿場町として賑った追分宿。街道の面影はわずかに残るのみだが、昭和に入って堀辰雄や立原道造など多くの文人たちに愛された。今なおそこかしこにひなびた風情が残り、名所旧跡や文士ゆかりの場所が点在している。
追分郷土館
追分宿、分去れの道標
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